久しぶりに帰ってきた故郷は、家も人々もすべてが古ぼけて見えた。町からは細く曲がりくねった一本道を三十分以上も車で走らなければならないような、辺鄙な田舎である。
家につくと、おふくろが出迎えてくれた。化粧もせず、身なりなど気を使ったことのないおふくろだが、おしゃれに着飾って歩いている都会の中年女性たちよりも、上手に年をとっているように見えるのが不思議だ。
「兄貴は。」
先に着いているであろう兄貴の姿が見えないので、おふくろに尋ねると、兄貴はおやじと一緒に近くの川で釣りに出かけたという。
出された麦茶を飲みながら、妙に静かだなと思った。うるさく鳴き続ける蝉の声が聞こえてくるが、なぜか静かだと思ったのだ。
「そうか、車の音が聞こえないからだ。」
僕は、縁側で座布団を二つに折り、ごろりと横になった。庭には、子供の背丈ほどに伸びたひまわりが、大きな花をつけていた。
「勝、帰っていたのか。」
おやじの声が聞こえた。どうやら眠っていたらしい。あたりはオレンジ色に包まれていた。いつの間にか掛けられていたタオルケットを抱きかかえて、僕はおやじの方を見た。相変わらず、陽に焼けて健康そうな顔に、ほっとした。おやじのうしろから、ひょいと兄貴が顔を見せた。
「おう、勝。元気か。」
兄貴と会うのは三年ぶりだ。嫁さんが臨月で実家に帰っているので、一人で来たらしい。
「男は楽だな。産まれるのを待つだけだ。」
兄貴はそう言って笑った。
その夜、おやじと兄貴が釣ってきたイワナを肴にしながら、酒を酌み交わした。おやじは息子たちの話を聞きながら、うれしそうに酒を飲み、いつの間にか寝てしまった。おふくろがおやじのために布団を出そうと押入を開けたとき、花火の袋が目に入った。
「花火なんてどうしたんだ。」
僕がおふくろに尋ねると、おふくろは花火を出してきて、福引きで当たったのだと言った。
「どうだ、やるか。」
兄貴が言った。僕はいい歳をした男が二人、無邪気に花火を楽しむ様子を想像して、滑稽だと思ったが、おふくろがうれしそうに笑っているので、しょうがないな、と言いながら縁側に座り直した。
「ロケット花火はないのか。」
兄貴はちょっと残念そうに、先端に火薬のついた棒の花火を取り出し、ライターで火をつけた。兄貴の持った花火はパチパチと音をたて、やがて勢いよく赤い火花が出はじめた。風に白い煙が流れ、火薬のにおいが鼻をついた。次の瞬間、花火は消え、静けさが戻った。
「最近の花火は、すぐ消えるよな。」
兄貴はつまらなさそうに、次の花火に火をつけた。たしかに、僕たちが昔遊んだ花火の方が、もっと長く楽しめたような気がする。この線香花火ももっときれいだったはずだ。火をつけると徐々に火の玉
が大きくなり、ふくらみきったその玉から、火花が小さな花のようにポッポッと広がったはずなのに、手にしている線香花火は、細いしずくのような火花がほんの少し出るだけだ。
「おっ、これ、勝が一番好きなやつだろ。」
兄貴が差し出した花火は、手のひらくらいのボール紙に赤い火薬の棒がついているものだった。
「この花火ってさ、一個しか入ってないのに、おまえがいっつも先に取っちゃって、それだけはやらせてくれなかったんだ。」
兄貴の言葉に、僕は笑いながら、花火を受け取り、火をつけた。火花が棒から吹き出し、他の花火よりも高い音で燃えていった。
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