課長冨永48歳

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 次の日、富永が出勤すると、机の上に書類が置いてあった。書類には小さな紙がはさんである。
「課長さんへ。昨日はごちそうさまでした。お礼と言ってはなんですが、今晩お食事でもいかがですか。帰りにロビーでお待ちしてます。M.T」
「M.T…。」
富永は目を疑った。紛れもなく美紀からの誘いである。昨日のことだけでも、富永にとっては心ときめく幸せなできごとだったのに、また、誘いを受けたのだ。
 その日、富永はどんな仕事をしたのか覚えていない。
 
 勤務時間が終わり、富永がロビーに急ぐと、美紀が待っていた。うすい緑色のワンピースにレースのショールをはおった美紀は、制服のときとはまるで違う人物に見えた。
「ま、待ったかな?」
富永の声がうわずる。美紀は今来たところだと答え、二人は会社をあとにした。富永が連れて来られた店は、おしゃれなレストランだった。店の雰囲気に自分が合っていないことに、緊張している富永は気づくことはなかった。富永と美紀はワインを飲みながら、料理を楽しんだ。といっても、富永は美紀のワンピースの胸元が大きく開いていることに気づいてからは、目線を反らすことに必至になっていた。
 食事を終え、店を出ると、辺りはすっかり暗くなって街灯がついていた。美紀は少し酔いがまわったのか、頬をピンクに染め楽しそうに笑いながら、
「次はどこに行きましょうか?」
と富永に言った。その瞬間、美紀の体がよろめき、富永にぶつかった。富永が、美紀を支えながら、
「大丈夫かね。」
と声を掛けると、平気、平気と美紀が答える。
「でも、ちょっと酔っちゃったみたいですね。」
美紀はそういうと、富永の腕に自分の腕を絡ませ、
「腕、借りていいですか?」
とにっこり微笑んだ。富永は、弱ったな、と言いつつ、額から流れ出る汗をハンカチでふいた。
 美紀は富永の腕に抱きつくように自分の腕を絡ませたまま、歩き出した。
「???」
富永は自分の腕にあたる感触が何であるかに気づき、弱ったな、とつぶやきながら、また汗をふいた。こんなところを会社の誰かに見つかったら…。富永は辺りを見渡したが、知っている顔は見あたらない。ほっとして、美紀を見た富永の額からは、拭こうにも拭ききれないほどの汗が流れ出た。美紀の胸元から、胸の谷間が目に飛び込んできたからだ。スリムな体型からは想像つかないようなそのふくらみに、富永は目が離せなかった。胸の鼓動が激しくなり、吹き出す汗を止めることができない。
 透けるような白い肌がオレンジ色の街灯に照らされて、いっそうのなまめかしさをかもしだしていた。端だけ見える白いレースの下着に隠れた美紀のふくらみの先には…。富永は、美紀の乳首を見たいという感情を押さえきれない。
 しかし、富永はこれまでの経験をいくら探っても、この状況を発展させる方法が見つからない。もてる同僚から聞いた自慢話をなんとかして思い出そうとしていた。
(どうすれば…。)
そのとき、美紀の口から思わぬ言葉が飛び出した。
「キスしましょうか。」
「えっ?い、今、なんて?」
富永は驚いて立ち止まった。
「ふふっ、だから、キスしましょうかって言ったんです。」
富永は返す言葉が見つからない。これは夢ではないかと思ったその瞬間、美紀の顔が近づき、柔らかな唇が富永の唇に重ねられた。
 ほんの一瞬のできごとであったが、富永にとっては時間が止まったような気がした。そして呆然と立ちつくす富永に
「おやすみなさい。」
と言って、美紀は早足で去っていく。
(今のは何だったんだ…。)
富永はしばらくその場に立ちつくした。

 

 


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