課長冨永48歳
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どれほどの時間が経ったのだろう。富永はカーテンからこぼれる光に目が覚めた。上半身を起こすと、頭が少しくらくらする。ふと横を見ると、美紀の姿が見えない。布団はきれいになおされ、浴衣がたたんで置いてあった。富永はゆっくりと立ち上がり、窓際のテーブルの上に置かれたメモを見つけた。 「課長さん。先に行きますね。またお会いしましょ。美紀」 富永は、美紀が先に帰ったことを知り、少しほっとした。昨晩の熱いできごとを思うと、美紀と顔を合わせるのが恥ずかしくも思えたからだ。富永はひとりで朝食を済ませ、旅館をあとにした。美紀は自分の代金を払っていったようだ。こういう気遣いひとつとってみても、美紀は素晴らしかった。 駅に着き、時計を見ると電車が来るまでにはまだ時間があるようだ。富永は時間を潰すために近くのデパートに入った。ふと見ると、かわいらしいアクセサリーが並んでいる。富永は美紀に何か買ってやろうと思いついた。あまり高価ではなかったが、小さな赤い花のピアスを買い、プレゼント用に包んでもらった。 「さて、いつ渡したものか。」 富永は、美紀の喜ぶ顔を思い浮かべ、その表情を近くで見たいと思ったが、やはり手渡すのは恥ずかしく思い、文具売り場で封筒を買った。会社に美紀宛で送ろうと思ったのである。 「…会社、総務部 高田美紀様」 宛名を書いたが、差出人の名前を書くのがためらわれた。 「高田くんのことだ。私だと気づくだろう。」 富永は、売店で切手を買いポストに投函した。 「おっと、もう時間だ。」 富永は電車の時間が近づいたことに気づき、慌てて駅の構内へ走っていった。少し走ると息切れがする。富永はなんとか電車に間に合い、席に座ったが、ほっとしたとき、後頭部に痛みがはしった。 「はは、疲れたかな。」 富永は後頭部を何度が押し、目を閉じた。 ズキッ 同じ場所にまた痛みがはしる。富永は痛みに気づきながらも、美紀の喜ぶ顔を想像しながら眠りについた。 次の日、管理部は大騒ぎだった。 「うそお。どうして?」 女子社員の声が聞こえる。部長が管理部の社員を整列させた。 「もう、みんなも知っているとおり、昨日、富永課長がお亡くなりになった。脳溢血だそうだ。」 その翌日、総務部に一通の封筒が届く。 「高田美紀様」 それは富永が出したものだった。封筒の宛名をチェックしていた一人の社員がそれを見てつぶやいた。 「誰だよ。これ送ってきたのは…。高田くんは一カ月前に亡くなっているのに…。」 課長さん。 先に行きますね。 またお会いしましょ。 美紀。
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